2006年01月24日

小山田代表からのご挨拶

こころを生きる


「四国へんろ道文化」世界遺産化の会 代表世話人
四国霊場第五十八番札所 仙遊寺住職
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小山田 憲正


 先日、私と同年輩と見える男性の歩きへんろの方が見えた。一ヶ月近くも歩き通してきた顔には、浅黒く陽に焼け体は疲れを残すどころか、精気に溢れていた。掛け軸一本を納経され、別れ際に「この軸を表装するのに何日ほど掛かりますか。」と尋ねられた。私は、正確には答えられないが、いつもですと注文してから一ヶ月程はかかっていること、急がせればもう少し早くなるかも知れないことを伝えた。

 せっかく歩かれて作った軸だから焦らずに良いものを作られたらと話していたら、彼は、「娘の四十九日の法事に間に合わせたい。」と袋から、まだ幼さが残る娘の写真を取り出した。豊かな髪を結い振り袖姿で写っているが、その時すでに頭髪は病気のため残っていなかったという。白血病で発見から数ヶ月の命だった。娘の死後、とても家に居ることはできなかったであろう。

 又、少し前になるが、今度は高校三年生という男の子が野宿したいと夕方遅く寺に来られた。もうすぐ正月を迎える冬の最中のこと、高校三年と言えば、進学や就職を控えてなかなか落ち着かない時期にへんろに出るとは大した者と、部屋に通し話を聞いた。彼は、「高三とは言っても、ここ一年間はまともに学校に通っていない。」と話した。将来の進路もまだ決まっていないし、とにかく歩きたかったようだ。今日ここに泊まることを家に連絡することを勧めたが、「親の声を聞くと帰りたくなるから結構です。」と断られた。私が替って電話することにした。電話口に出られた母親は、毎日連絡を待っていたが、一回もないのでとても心配していた。「あの子が始めて、自分からしてみたいと言ったのがへんろだったので送り出した。」と言う。半月後には彼から元気な礼状が届いた。

 年間何万人といわれるへんろの中では、歩く人はまだまだ少数です。多くの人はバスや自動車での巡拝であり、それでも十日とか二週間程かかります。自転車を漕いで拝られる人も多くなりました。自転車ですと二十日近く、歩きへんろは五十日から六十日と大変な時間がかかります。世界で最も忙しいと言われる日本人が、こんな時代が止まっているような時間を持っているのは驚きではないでしょうか。しかも、一回巡ったら終わりではなく始まりであります。五十回、百回と数多く巡る人が後を絶ちません。

 装束も昔ながらのへんろ装束、あじろ笠に金剛杖、白衣に手甲脚胖としにびとのいでたちであります。現在の己を弔い、生まれ変わった自分との出合いの旅であります。

 日本での年間交通事故で亡くなられる人が一万数千人、その交通事故死を上回る人々が、毎年自らの命を絶っています。人はその厳しい現実にあらがうかのようにへんろの旅に出ます。四国の自然にふれ、人の優しさにふれる中で、消えかけていた命のともしびを明るく輝かせているのでしょう。

 へんろとは、辺土を巡る人々のこと。日本各地に残る霊場を巡る人には、へんろとは言わず、参拝人、巡礼者と一般的な呼び方をされますが、ここ四国においては、「おへんろさん」と呼ぶ習わしです。そこには巡拝の人に対するいたわりが感じられます。

 今ここに四国霊場八十八ヶ所巡拝の文化とへんろ道を世界遺産に登録する運動を起こすことは、私たちの自然に対する思いであり、人のこころに対する願いであります。
posted by 88henro at 08:01| 代表挨拶